『群像』連載「父たちのこと」の完結
『群像』連載の「父たちのこと」が今月発売の2026年1月号で完結した。全11回。隔月にしたので約2年の連載となったが、終始、自分にこうした内容のことを書く資格があるのか、ためらいがあった。とりわけ、第1回で扱った海軍のスキャンダル=捕虜虐殺(「ビハール号事件」)は、あまりに内容が重く、関係者の名前に言及することもはばかられた。ウェブで公開されている裁判記録を見ると、責任を問われた海軍上層部の人たちの間で、責任の押し付け合いがあったことがわかる。裁判中、被告と通訳の意思疎通が十分でないと思われる箇所があって生々しい。そして、何といっても、現場に居合わせたクラスメートから父が聞いた殺害現場の凄惨さは想像をこえていた。

連載の目的は、必ずしも歴史的な出来事について価値判断をくだすことにはなかった。そもそも私は歴史の専門家ではないし、ましてや軍事関係についてはまったくの素人である。ただ、新米士官にすぎなかった父が残した記録の中には、ビハール号事件以外にも衝撃的なものがあり、僭越な言い方だが、戦争を遂行する側にいた一人の人間の証言として世に残す価値があると考えた。

父は海軍経理学校を卒業した主計官で、戦闘中も戦いに参加するよりは、記録をとったり、食糧の心配をしたりするのが職務だったが、それだけにミクロなレベルの観察や、士官や兵士の人間関係についての洞察などは興味深いものがあった。父は勇猛果敢とは言い難い典型的な「事務屋」だったが、少なくとも三回は、死んでいてもおかしくない状況に巻き込まれている。それでも生き延びることができたのはなぜか。